Day14 「線を越えて」

 

 

 普段、ドミトリーでは最も遅くまで寝ているのを競うほどの私であるのだが、今日に限っては一番早くに起きだした。2段ベッドが計6つあるその部屋には、他に2人の旅行者が泊まっていた。昨晩遅くに到着した韓国人女性は、夜中1時ごろまで共有スペースで韓国の友人と電話をしていた。もう一人、英語訛りの強いフィンランド人の若者に至っては、昨晩スプリトに住む友達のところに行くと言っていつ帰ってきたのかもわからなかった。

 

 

 

私がまさに出発しようとすると、そのフィンランド人が突然ぬくっと起き出して、「次はどこへ行くんだ」と訛りの強い英語で聞いてきた。「ボスニアだよ」と答えると「それはよかった」と言って、またベッドに横になった。なんとも面白い人である。

 

 

 

 

 

 宿のオーナーに鍵を返そうとしたが、受付にオーナーが見当たらなかった。まだ宿泊費も払っていなかった。さて、どこへ行ってしまったんだろう。先ほど部屋の外で足音が聞こえたし、まだ起きていないということはないはずだった。8時発のバスの時刻が迫っていた。

 

 

5分待ってもオーナーは現れない。いよいよ焦りが芽生えてきた。すると、玄関の方で何やら音がする。耳をすますと、誰かがドアをノックしている。旅行者が到着したのだろうか。けれど、オーナーがいなくては対応ができない。

 

 

 

 

 

 

ノックは続いた。恐る恐る扉を開けると、そこにはおっとりした笑顔の宿のオーナーがいた。「鍵を忘れて出かけてしまったんだ」と頭を掻き苦笑しながら言う。

 

スプリトに来てくれてありがとう」。お茶目な一面のあるオーナーだが、非常に親切な人だった。もし、イタリアでフェリーに乗り遅れていたらこの出会いもなかったかもしれないと思うと、その幸運に少し感動を覚えた。

 

 

 

 

 

 

 ボスニアヘルツェゴビナモスタル行きのバスに乗るため、バスターミナルへ向かった。

 

 

ターミナルでバスを待っていると、横に欧米人のバックパッカー風の男がやって来た。50リットルほどのバックパックを横に転がしその上に座り込む。そういえばヨーロッパにきてから、欧米のこうした類の旅行者を見ていなかったな。ヨーロッパ人にとっては、この美しい街並みも感動を覚えないのかもしれない。あるいは、彼は南米かそこらから来ている旅行者なのかもしれないが。

 

 

 

バスは定刻の15分前には到着し、定刻通り出発した。海を隔ててこうも違うのか。見習え、イタリア人よ。

 

 

 

モロッコで12時間バスを経験していると、4時間程度なんてほんの一瞬に感じられる。

 

 

 

 

 国境の検問所に着いた。EUのシェンゲン圏加盟国間をバスで国境越えしたことはあるが、パスポートを預けてスタンプを押す国境越えは初めてだった。少し緊張感が走る。

ユーゴスラビアと聞くと、殺風景で曇った空、人々はどこかを睨みつけたような無表情で土埃を被った服をまとって歩いている。そんなイメージだった。だが、周りを見ていると、男女ともに笑顔で、スカーフなんか巻いたりおしゃれで華やかな人が多かった。

 

 

 

特に大きな問題もなく、国境越えに成功した。国境を越えるとすぐに、車窓に尖塔のあるモスクが見えた。国境という線を越えて、信仰される宗教が変わったのだった。

 

 

 

 

 

 

風情ある佇まいで有名なボスニア中部の都市・モスタルに到着した。旧ユーゴ独特の廃墟感のある駅前でバスを降りた。日曜だからか、人通りもまばらである。羊肉を焼く煙たい匂いが、ここがイスラム教国であることを示す。明るい雰囲気のイタリア・クロアチアとは大きく異なる、どこか暗い雰囲気。なじみのない国でもあるせいか、不安な気持ちが増してくる。

 

 

 

 

宿に向かった。閑散期ということもあり、その日は貸し切りだった。兄弟とその母親が経営する、小さなホステルだった。

 

 

 

 

 

 東洋と西洋の文化の狭間。オリエンタルな街並み。ムスリムの観光客も目立った。街には物乞いの姿が多かった。この旅では初めてのジプシーにも遭遇した。ここはやはり、イタリアやクロアチアとは違う。

 

f:id:Ryox:20170620092632j:plain

f:id:Ryox:20170620092701j:plain

f:id:Ryox:20170620092720j:plain

f:id:Ryox:20170620092743j:plain

f:id:Ryox:20170620092812j:plain

f:id:Ryox:20170620092836j:plain

 

 

移動の疲れもあるのだろう。外で軽くビールを飲み、この日は早めに寝床に入った。

Day13 「Peaceful」

 

 

 朝、船内アナウンスの音で目覚めた。「レストランが開きました。朝食をお召し上がり頂けます」というような内容の、アナウンスのようだ。今、この船はどの辺を進んでいるのだろうか。船が揺れているせいか寝起きのせいか、ふらふらとした足取りで部屋の外へ出る。

 

 

 

 デッキに出てみた。日はすでに上りつつある。風が強く、かなり寒い。目の先にかすかに島のようなものが見える。あれが目的の街だろうか。
 
 
 
 寒すぎて朝日を楽しむこともできず、そそくさと室内に戻った。船内は予想外に小綺麗な内装だった。カーペットが敷き詰められ、暖かい色の照明が、上品に乗客を照らす。豪華な客船には程遠いが、このしがない旅行者に束の間の贅沢を味わわせてくれた。
 

f:id:Ryox:20170609090845j:plain

 

f:id:Ryox:20170609090912j:plain

 
乗客は私以外、欧米人だった。もの珍しいのか、好奇の目が私に注がれた。普段はそのようや視線をあまり気にしない方だが、その時ばかりはなぜか不安な気持ちになった。少し、旅に疲れていたのかもしれなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そうこうするうちに、目的地に到着した。
クロアチアの観光都市・スプリト。船を降りて、一歩目を踏んだ。そのとき、ふと笑いが込み上げてきた。やれやれ。また未知の新しい国に上陸かい。懲りないねえ。自分の飽かぬ好奇心に呆れる。
 

f:id:Ryox:20170609090958j:plain

 
 
 フェリーを降りても全く客引きがやって来ない。「ここも、そういう国か...」。その辺にいるタクシーの運転手らしきおじさんにわざとらしく顔を向けてみるも、不思議な顔をされるだけだった。いつものように「タクシー?」と勧誘されるのを期待したのだが。ただ、家族を迎えにきていた人のようだ。なんだか、寂しかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 朝の海風の中、途中で買ったホットコーヒーとクロワッサンを手に、海沿いを少し散歩した。なんて平和な街なんだろう。ゆっくりと時間が流れる。
 
 

f:id:Ryox:20170609091133j:plain

 

 

 

f:id:Ryox:20170609091154j:plain

 

 

 

f:id:Ryox:20170609091230j:plain

 

f:id:Ryox:20170609092201j:plain

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 今晩泊まる宿へ向かう。宿の近くへ着いたが、それらしきものが見当たらない。事前に宿主から「宿の外であなたを待っています」と伝えられていたが、わざわざ宿の外でいつくるかわからぬ旅人を待つ親切があるだろうか...。
 
 
 
 
 
 
 
 「Mr.〇〇?」。突然、後ろから私の名を呼ぶ声がした。突然のことで、私はいささか驚いてしまった。振り向くと、温厚そうな30代中盤ほどの男性が立っていた。「Mr.〇〇?」。再度聞かれた。おそるおそるyesと答えると、彼は満面の笑みを浮かべて言った。「私がホステルのオーナーです」。疑いもなく良いひとなのが、その笑顔から伝わってきた。
 
 
 
 
 
 そのホステルは、過去一番の綺麗さだった。それもそのはず、オープンしてまだ1ヶ月も経っていないのだという。きっと、宿を軌道に乗せるため必死に頑張っている時期なのだろう。「コーヒー飲む?」「近くのオススメのレストランを教えるよ」。オーナーは閑散期にクロアチアを訪れた若い旅行者を、この上ない親切でもてなしてくれた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 空が青い。南欧は、いつだってこうだ。その日は特に何をしようという気持ちもなく、日がな海沿いのベンチで海と空を眺めていた。それだけで、十分に心が満たされた。
 

f:id:Ryox:20170609092223j:plain

 

f:id:Ryox:20170609091410j:plain

 

 

 

f:id:Ryox:20170609091441j:plain

f:id:Ryox:20170609092129j:plain

Day12-② 「Grazie Italia」

 

 

 目を覚まして時計をみると、17時になろうかというところだった。フィレンツェから約2時間。ちょうど半分のところまで来たことになる。

 

 

 

 

 車窓をみると、”Perugia”と書かれた看板が増えてきた。ペルージャという街は、フィレンツェアンコーナの中間地点に位置する。遅れを取り戻すべくバスを飛ばして走らせてくれていることをどこか期待していたが、まったくそんなことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつてサッカー選手の中田英寿が所属していたサッカーチームの本拠地・ペルージャでは、乗客の乗り降りがあった。バスターミナルに着くと、乗客の約半分が降り、その穴を埋めるようにまた人が乗ってきた。同時に、どうやらバスの運転手も交代のようだった。これまで運転していたのは、いかにも気弱そうな、色白の中年運転手だった。きっと彼は慎重に運転して、バスの遅れを招いてしまったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 さて、次の運転手である。バスに新たに乗り込んできた運転手を一目見て、私は「これはいけるかもしれない」と思った。若い頃はよほどやんちゃをしていたのだろうと想像のつく、色黒で、スキンヘッドにサングラスという風貌の運転手だったのだ。彼ならやってくれるはずだ。勢いよくエンジンをかけたそのグラサンスキンヘッドに向かって、「頼むぞ!」と小さくエールを送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このグラサンスキンヘッドは、まったく期待通りの活躍をしてくれた。明らかに先ほどまでとはバスの速度が違う。横を走る乗用車を、ものすごい勢いで追い抜いていく。

 

 

 

だがここで思いがけないことが起きた。彼の活躍もむなしく、途中渋滞にはまってしまったのだ。ようやくアンコーナ市内に入ったのは18:50を過ぎた頃だった。これはもう無理かもしれない。半ば諦めの気持ちが増してきた頃、バスは停車した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どちらにせよ、フェリーのターミナルに向かねば。まずはタクシーを拾わねばならなかった。だが、小さな町のせいかバスターミナルなんていう立派なものはなく、道端に放り出されるような形でバスを降りたのだった。もちろん、運良くタクシーなどはいない。

 

 

 

 

 

同じバスに乗っていて同じくアンコーナで降りた人がいた。フェリーターミナルの位置を尋ねてみたが、「私はこの土地の人じゃないからわからないわ」とのそっけない返答だった。この間にも、時間は刻一刻と経過する。19時を越えた。

 

 

 

 

近くに乗用車が停まっていた。中には地元の人らしきおじいさんが乗っていた。「フェリーターミナルはどの方向ですか?」と尋ねると、キョトンとした顔である。英語が通じないようだ。懸命にジャスチャーで伝えると、左手後方の道を指差した。「遠いですか?」とジェスチャーで尋ねると、「歩いていける!」というような仕草をするではないか。異常にニコニコしたおじいさんでいささか怪しくないことはなかったが、この際、彼の言葉を信じるしかなかった。私は意を決した。10kg5kgの荷物をしっかりと担ぎ直し、走り始めた。19:05。

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、20秒も走ったところで、私は驚いてしまった。私の視線の、景色の移り変わりがかなり遅い。私の足が相当遅かったのだ。かなり久しぶりに全力で走った。体力が落ちていたのだ。ずっとサッカーをしてきた者としては、本当に情けなかった。今の状況と相まって、私は泣きたくなってきた。

 

幹線道路沿いを、どのくらい走ったか。思い出せないほどに息が苦しかった。私の横を軽やかにイタリア車・フィアットが走り去っていく。

 

 

そして、ついに見えたのだ。”Ferry Ticket”と書かれた建物が。時刻は19:20になろうかというところだった、完全に時間切れだった...。

 

 

 

 

 

 

 

 

 肺の苦しさからかなり咳き込みながら建物内に入っていった。見るとまだチケットブースにスタッフの姿が見えた。もう、賭けるしかない。

 

 

 

 

 

 

20時発のフェリーの予約を持っているのですが。どうにか間に合いませんでしょうか」。声をかけたのは金髪の中年女性だった。彼女の反応を待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すると、彼女はにこりと笑ってこう言ったのだ…。

「落ち着きなさいよまったく。フェリー乗り場行きの最終シャトルバスの出発まであと3分もあるわよ。ほほほほ~」。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まるでスローモーションのように、膝から崩れ落ちた。

ほっとしたせいか、目の前がクラクラしてきた。残り3分…。あのペルージャからの後半戦で、グラサンスキンヘッドがバスを飛ばしていなかったら。アンコーナに到着後、少しでも走りの速度を落としていたら。そう思うと、鳥肌が全身を伝った。

 

 

 

 

 

 

 

 

チケットを引き換えると、フェリーポート行きの最終シャトルバスはすぐに到着した、咳き込みながら、フラフラとした足取りでバスに乗り込んだ。

 

バスは5分も走ると、巨大な船が停泊する横に到着した。ここからパスポートチェックをして乗船する。パスポートチェックの列には相当の人がいた。

 

f:id:Ryox:20170604095017j:plain

 

 

 待ってはいるが、出航予定時刻の10分前になっても列が全く終わる気配はしなかった。並んでいる場所が間違ってはいないか少し心配になり、前に並んでいたイタリア人らしき老婦人2人組に話しかけた。「この列は20時発のフェリーの列で間違いないですか?」「ええ、私たちもそのフェリーに乗るつもりよ」聞くと、彼女たちはイタリア人ではなく、ニュージーランドオークランドから観光客だった。「イタリアではパスタはちゃんと食べた?」「これからどこへ行くの?」。

簡単な会話しかしていないが、半ばイタリア人に奔走され疲れていた私には、確かな癒しとなった。

 

f:id:Ryox:20170604095044j:plain

 

 

 

 

 

出航。私は荷物を置くと、すぐに甲板に出た。文字通り「走り抜けた」アンコーナの街が、少しずつ遠ざかっていく。また、いつかゆっくりと、来よう。心の中でそう誓った。イタリア人の適当さに苦しめられイタリア人の適当さに助けられた1日が、いよいよ終わる。最後の最後に、イタリアを味わいつくした1日が...。

 

 

 

 

 

 

夕日に照らされたアンコーナの街は、やけに輝いて見えた。

 

 

 

 

"Grazie Italia!"

 

f:id:Ryox:20170604095108j:plain

Day12-① 「"Latest"」

 

 

 1週間弱滞在したイタリアを、発つ。フィレンツェから、まずはイタリアの東、アドリア海に面するアンコーナという小さな港町へバスで向かい、そこからフェリーへ乗る。

 

 

 

 Airbnbの宿のオーナーからは、11時までにチェックアウトするようにと言われていた。9時ごろにぬくぬくと起き出し、たらたら準備を進めるうちに、あっという間に11時近くになった。オーナーに別れの挨拶をしようと思ったが、既に外出をしてしまったようだ。指定された場所に部屋の鍵をそっと置き、宿を出た。後で、Airbnbのサイトから礼のメッセージを送っておいた。

 

 

 

 

 

 フィレンツェアンコーナの直通バスは14時発の1日1本のみだった。駅近くのバスターミナルから出ているという。バスの時間までは2時間以上あった。大きな荷物を持って街を歩く気力がなかったので、駅前のファストフード店で時間を潰すことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さてと...。私は一冊の本をカバンから取り出した。いや、正確に言えば、カバンから取り出した電子書籍リーダー「Kindle」の中に入れてある本を開いたのだ。久しぶりに沢木耕太郎・『深夜特急』を読み返す。

 

 

 

 いわゆるバックパッカーの「バイブル」と評される、世界旅行記だ。ファストフード店に流れるポップなBGMの中、kindleという風情のかけらもない利器を使って、「バイブル」を読む。それでも『深夜特急』は私を不思議な世界観の中へと連れて行く。

 

 

 

 

 

 

 ヨーロッパの章を読む。深夜特急というと、香港やインドの印象が強く、ヨーロッパの章をあまり意識して読んだことはなかったかもしれない。沢木さんは、ここフィレンツェにも足を運んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「私の心にそっと沁み入ってきたのは、そうしたルネッサンス期の名作より、フィレンツェの街の佇まいそのものだった。それも、歴史に名を留めている有名な寺院や宮殿の周辺より、僅かに石畳の舗道と建物の壁に中世の面影を残しているだけの、何ということもない小さな裏通りがよかった。その石畳の舗道を、観光用のものではあっても、馬車が高らかな蹄の音を響かせながら走っていたりすると、不思議な心のときめきを覚えたりした。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間を忘れて読みふけっていた。顔をあげると、いつの間にか昼時になり、子連れの家族が楽しげにハンバーガーを頬張っていた。レジにもたくさんの家族が並んでいた。私は4人席を一人で占領してしまっていた。急いでKindelをカバンへ戻し、店を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バスの時間までまだ少しあったので、駅の周りをバックパックを担いで少し歩いてみた。「深夜特急」を読んだ後のせいか、どこか物語の主人公のような気分になってくる。自らの立てる靴の音が、吹き抜ける風の匂いが、先程までとは違うような気がした。こうして「靴の音」や「吹き抜ける風の匂い」を感じられるようになったのも、全て「深夜特急」のおかげだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 14時半発のバスに乗るべく、バスターミナルへ向かった。バスターミナルとはいえ、決まったプラットフォームに決まったバスが来るわけではなく、一本の道の空いているスペースへ適当にバスが横付けするという方式のものだった。まずは自分の乗るバスがどこに横付けされているか、自力で探さなくてはならない。

 

 

 

 

 

 アンコーナまではバスで4時間の道のり。乗る船は20時にアンコーナを出航予定だ。十分に時間がある。少しアンコーナの街を観光する時間もあるかもしれない。

 

 

 私は自らの乗るバスを探した。大手の”FlixBus”というバス会社のバスだ。そのターミナルにはFlixBus社のカンパニーカラーである、黄緑のジャケットを羽織った係員が何人かいた。彼らに聞けば、どこに横付けされるか分かるに違いない。

 

 たくさんのFlixBus社のバスが止まっていた。さてどれだろう。近くにいた係員に聞いてみた。

 

アンコーナへ行くやつはどれですか?」。すると係員は、”It’s coming”(今向かってきている)と答えた。出発予定時刻の10分前だ。まだ到着していないのは当然のことかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 出発予定の14時になった。この10分の間に、さらに多くのFkixbusが横付けされた。先ほどの係員に再度尋ねた。”It’s coming”。先ほどと同じ返答だった。少し早とちりをしてしまったようだ。「日本人は本当に時間にうるさいな」と煩わしく思われてしまうかもしれない。やれやれ、全く自分ってやつはせっかちにもほどがあるな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、バスが到着したのは予定時刻を30分過ぎた、15時頃だった。

やれやれ。

 

 

 

 30分遅れのバスは、フィレンツェをようやく発った。この程度の遅れなら、心配することはあるまい。ここから4時間かかっても、19時にはアンコーナに着く。観光する時間は無くなってしまったが、船内で飲み食いするものぐらいは買えるだろう。

 

 

 

 

 

 これから乗るフェリーは国際航路である。国境を船で渡る経験はなかったので、気持ちが次第に高揚してくる。さて、どのような手続きを踏んで船に乗り込むのだろうか。確認の意味も込めて、フェリーの予約確認書を開いてみた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フェリーの出航時間から、乗船の際の注意書きまでざっと目を通してみた。その予約確認書の中で、ふと気になる箇所があった。そこには小さく、こう書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

“Latest Port Check-in: 60 minutes prior to departure”

 

 

 

 

 

 

 

 

 「船のチェックインは、出航の1時間前からできる」。その文章は、紙の中で特に目立つこともなく、淡々とそこに書かれていた。よし、問題ない。このバスは19時に到着するし、ちょうどいいではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

”Latest”。この単語がなぜか気になった。大学受験の時に学習した、よく知っている単語だった。受験期に使っていた単語帳には、「最新の」という意味で掲載されていたはずだ。つまりこの文章は、「最新の港でのチェックイン」=「港でチェックインできる時間」は出航の1時間前から、という意味である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

”Latest”。やはりこの言葉が、何か違和感を呼び起こす。記憶を辿ってみた。

単語帳の、この単語が書かれたページを思い出す。なぜかそこに、この違和感の答えが書かれているような気がした...。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

”Latest”。単語帳のそのページの内容が、徐々に思い出されてきた。主な意味である「最新の」という言葉の横に、何かもう一つの意味が書かれていたような記憶があった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                                             「最終の」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

”Latest”。いや、まさか。念のため、私はスマートフォンの翻訳機能で、上の文章を丸ごと検索にかけてみた。

 

 

 

 

 

 

 

 

                                  「港での最終チェックイン:出航の60分前」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 嫌な予感は当たってしまったようだ。心臓が大きく波打ち始めた。20時の1時間前、19時にバスは到着する見込みだ。アンコーナのバスの停留所から船の乗り場までは、タクシーで向かわなければならない距離だと聞いていた。

 

 そこそこ高い金を出して、チケットを買ってしまっている。今後の旅程のこともあるし、ここで乗り遅れる訳にはいかない。

 

 ふと窓の外を見ると、バスはイタリア中部・トスカーナ地方の青々しい豊かな風景の中を走っていた。私は冷や汗が止まらなかった。

 

 2つの想定外。バスが大幅に遅れたことと、フェリーのチェックインを出航の1時間前までに済ませなくてはいけないということ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、私は急にそんなことはどうでもいいような気がしてきた。さっきまで冷や汗を流していたのに、突然冷めてしまった。

 

 

別に間に合わなくてもいいじゃないか。別に旅程を誰に決められたわけでもない。ただ1万円ちょっとを失うだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ええい、この際「果報は寝て待て」だ。

 

 

 

 

 

 

私は寝ることにした。

Day11 「右か左か...」

 

 

 朝7時、外からのけたたましい鐘の音で目が覚める。近くに教会があるようだった。そういえば、モロッコのマラケシュでも、モスクからのアザーンの声で目が覚めた。日本で言えば、寺の鐘つきの音で目覚めるといったところか。音量の大きさには参ってしまうが、悪くない目覚めだなと思い、支度を始める。

 

 

f:id:Ryox:20170528190111j:plain

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そろそろ持参してきた服が尽きてしまいそうだったので、宿にあった洗濯機を借りて朝から洗濯をすることにした。イタリア語で書かれた洗濯機との格闘が始まる。

 

 

 

 文字の横に描かれた絵を頼りに、手順に沿ってボタンを押していく。だが、これがどうもうまくいかないのだ。洗い始めはしたものの、一向に脱水すすぎと進んでいかない。宿のオーナーは外に出かけてしまったようだし、自力で解読するしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 この四角い無表情な機械とにらめっこすること約2時間。ようやく言うことを聞いてくれるようになり、洗濯が進んだ。結局、午前中を丸ごと洗濯に費やしてしまった。まったく、海外にいると普通のことをするだけでも一苦労だ。もしこれが短期間の旅行で予定が詰まっていたら、イライラしてしまったかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼食は、昨日散歩時に見つけた「ラーメン屋」へ足を運んでみた。日本食が少し恋しくなったのだ。開店すぐに入ったにもかかわらず、店内は地元の人で溢れていた。普通のイタリア料理店に入った時などは、周囲の振る舞いをキョロキョロと気にしながら自信なさげに入店をしてしまうものだが、ここでは勝手がわかっている。まるで常連の店に入った時のような、余裕をたっぷり含んだ足取りで、席に着く。腕にタトゥーをびっしりと入れた、ムキムキの店員が注文を取りに来てくれた。

 

 

 

 

 

 

 注文した味噌ラーメンは、日本のそれよりスープの味が薄い気がした。だが、イタリアにしては上々の出来だ。なんていう風に、まるでラーメン研究家にでもなったような感想を抱いて店を出る。日本でラーメン屋から出るときと同じように「ごちそうさま!」と挨拶をすると、ドスの効いた大声で「グラッツェ!」と返ってきた。威勢の良さは本場仕込みってとこか。

 

 

 

f:id:Ryox:20170528191024j:plain

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後はフィレンツェ二大美術館のもう一つ、「ウフィツィ美術館」へ行くことにしていた。昨日行ったアカデミア美術館よりもかなり大きく、ボッティチェリなどの有名作品を多く展示しているとのことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は美術館や博物館に見学に行く際に、いつも自らに言い聞かせる言葉がある。

「理解するんやない。感じるんや」。東京出身の私であるのに、なぜか関西弁なのである。なぜかはわからないが、おそらく関西弁の方がどこか力がこもっていて、それでいて軽さを含んでいるところがしっくりくるのだろう。例に漏れず、ここフィレンツェのウフィツィでもその言葉を胸に、中へと入る。

 

 

 

 

 この言葉の意味するところは、「見学の前に無駄な前情報をガイドブックから仕入れて勉強しようとするな。全身を持って、目の前の作品を感じに行け」、といったところか。もちろん事前に本などで調べたりという行為が少し億劫だという面もあるが、ガイド本に書かれたさも「ここで是非感動してください」というような説明書きが、なんだか嫌なのである。ガイド本から「この絵画はここがすごい」といった情報を事前に得てしまうと、感想を勝手に決め付けられてしまうような気がしてしまう。誰がどう言おうと、自分が感動したものは感動したと言い、しなかったものにはしなかったと言いたい。まったく、ひねくれているのか素直なのかわからない...。

 

 

 

 

 

 

 アカデミア美術館に行った時も、もちろんダビデ像の存在は把握していたが、それがどのような時代背景でどのような意味を込められて造られたのかということについては無知の状態で行った。その結果、私は「ダビデは大きかった」という感想を抱いたのである。勿体無いという人がいるかもしれないが、これでいいのである。

 

 自分の気持ちに素直に旅するとはこういうことである。自由とは、こういうことなのである。右に行ったっていいし左に行ったっていいし、まっすぐ行ったっていい。いや、行かなくたっていいのだ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、自らを不自由にするのは、自分自身なのだ…。

 

 

 

 

 

 

f:id:Ryox:20170528191503j:plain

 

 

 

 

 

 

 

 宿に帰る途中、食料品店に立ち寄った。今日こそは赤ワインを飲みたいと思ったのだ。赤ワインの小さなボトル一本と生ハムを買った。さらに途中の小さなピザ屋で数種類のピザの切れを買い込み、イタリア最後の夜の食事とした。

 

 

 

f:id:Ryox:20170528191555j:plain

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小さな屋根裏のような部屋で、窓を開けて外の空気を感じながら飲む赤ワインは、旅人に癒しを与えてくれた…。

 

 

 

f:id:Ryox:20170528191618j:plain

 

 

 

Day10 「酔」

 

 

 現在泊まっている宿には、すでに3泊滞在した。フィレンツェには、あと3日いるつもりである。気分を変えるために、宿を移ることにした。

 

 

 

 新たな宿は、民泊サービス"Airbnb"で予約した。フィレンツェ中央駅にほど近い今の宿から、美術館などが集まる中心部に近い新たな宿に向けて、荷物を背負って出発する。

 

 

 

 

 

 民泊先のオーナーは若い男性だった。イタリア人らしくすらっと背の高い美男子である。案内された個室の部屋は、屋根裏部屋といった感じの、少し狭めの部屋だった。だが、一人には十分だった。この旅ではドミトリーばかりに泊まってきたため、個室というだけで贅沢をしているような気分になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日はフィレンツェ二大美術館のひとつ、アカデミア美術館へ行くことにしていた。目的は、かの有名なダビデ像である。とはいっても、小学生の頃の社会科の教科書で一目見て感銘を受けただとか、どこかの本で読んでこの目で一度見てみたいと深く思った、とかいった思い入れがあるわけではない。そう、単なるミーハー心で行きたいだけなのだった。

 

 

 

 

 ミーハー心といえば、フィレンツェという街はそれをくすぐる。集団の観光客が多いせいか、私も彼らに混じって、有名なものを見て、有名なものを食べ、皆と同じことをしている自分に陶酔する。「単なる旅行者」になるということだ。

 

 

f:id:Ryox:20170527123908j:plain

 

 

 

 

 

 

 

 何を持って「単なる」旅行者といい、何を持ってそう言わないのかは定かではないが、何だかそういうことなのだ。これまで人より多くの場所を旅行してきたというだけで、ただ格好をつけたいだけなのだろう。

 

 

f:id:Ryox:20170527123930j:plain

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 多くの国を旅行してきたからといって、何も偉いということはない。よく「多くの国に、しかも一人で行くなんてすごいね」なんて言われるけど、全くすごいことはない。ただ見たい景色を見て、そこにいる人間に会いたいだけなのだ。そういった意味では、旅もとい旅行は単なる「豪奢な無駄」に過ぎない。無駄を食っているだけの人間に、どうして「すごい」なんて言えようか。いや、日常生活にはなんの足しにもならない無駄をするということが実は、「役に立つこと」ばかりを追い求める現代においては「すごい」ことなのかもしれないが…。

 

 

 

f:id:Ryox:20170527123955j:plain

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、アカデミア美術館である。当日券を求める人は長蛇の列をなしている。事前予約をしていた私は、特に苦労することもなく、中に入る。これも織り込み済みではあったが、ミーハー心を頼りに見学をして、心に深く突き刺さるような感動を覚えるはずもない。ダビデ像は、つまり、、、、大きかった。

 

 

f:id:Ryox:20170527124024j:plain

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この観光の街で過ごす中で、一つ困ったことがあった。それは、一人で入りやすいレストランがないということだった。少し良さげなレストランを覗くと、いちゃつくカップルで溢れかえっていたり、かなり値の張る店だったりする。

 

 

 

 この日も、中心部のあたりを「どこか夕食にいい店はないだろうか」と歩き回ったが、どこもそういう類の店ばかりだった。

 

 

 

思い切って中心部から外れることにした。歩いていくうちに、観光客らしき人が周囲に全くいなくなった。さらに歩くと、とある裏道に小さなレストランを見つけた。覗くと客は一人もいなかった。「ボンジョルノ」。イタリア語しか話さぬ70歳くらいのおじいさんとその娘と思しき2人で切り盛りしている、大衆食堂といった雰囲気の店だった。

 

 

 

 

「メニューをください」と英語で話しかけるも、「何を言ってるんだこいつは」といった表情で、平気でイタリア語で何やら話しかけてくる。仕方がないので2つ隣のテーブルに無造作に置かれたメニュー表らしきを、自ら取りに出向いた。見ると、すべてイタリア語で、何が何なのかさっぱりわからない。ジャスチャーを交えてなんとかパスタを注文し、ついでに赤ワインも頂こうと思った。

 

 

 

Red Wine!」と言うと、おじいさんは「Si」と頷いた。どうやらこれは通じたようである。満足した表情でいると、彼が続けて「ビアンコ?ロッソ?」と聞いてきた。さて、どういう意味だろう。文脈を考えると、おそらく「大か小かどちらにするか?」と聞いてきているに違いない。もともとお酒の強くない私は、「小」の方にしようと決めた。だが、小はビアンコとロッソのどちらだろう。少し考えて「ビアンコ!」と勢いで頼んだ。すると、「Si!!」。「でかした!」とばかりにおじいさんは厨房の方へ行ってしまった。嫌な予感がした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 樽のようなサイズのワインが出てきた。やってしまった。しかも見ると、頼んだはずの赤ワインではなく、なんと白ワインだったのだ。もうわけがわからなかった。わかっていることはわからないということだけ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飲めるところまで飲んでみることにした。最初は早いペースで、グラスとパスタを交互に口に運んでいたが、次第に顔が赤くなってくるのがわかる。それでも飲み続けていると、頭がグワングワンとまわりだし、酔いとの追いかけっこが始まった。これはまずい。4分の3ほどを飲んだところで降参し、会計をお願いした。おじいさんにはちゃんと詫びておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やはり、飲み過ぎてしまった。宿まで帰る途中、足がふらついて思うように歩けない。だが特に気分は悪くはなかった。むしろよかった。ほのかなライトで照らされた川沿いの道は、美しかった。

 

 

 

 

 

 

 やっとのことで、美術館の集まるあたりまで帰ってきた。ふと耳をすますと、何やら心地の良いメロディーが聞こえてきた。私はその音に誘われるかのように、フラフラと歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこには、バイオリン奏者とチェロ奏者のデュエットがいた。昼間は人で溢れかえっていた道も、22時近くとのなると人影がまばらだった。そんな道の端っこで、そのデュエットは静かに音を奏でていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その音色は美しく、酔いも手伝ったのかもしれないが、本当に私の心を震わせた。音色は、街の雰囲気にもマッチしていた。ここまでの旅の中で、最も感動した瞬間であった。私はとても長い時間、彼らの作り出す音色に酔いしれた。

 

 

 

 

 

 結局、彼らが演奏を終えるまで私は音を楽しんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宿に帰ってスマートフォンを開いた。さて、ビアンコは結局、「大」って意味なんだろうな…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんということだろう。「ビアンコ」は「白」という意味だったのだ。私は赤ワインを注文したつもりだったが、威勢良く「白ワイン!」と頼んでいたようなのだ。まったく...。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、もうそんなことは、どうでもよかった…。

とてもいい夜だった。

 

f:id:Ryox:20170527124605j:plain

Day9 「異」

 

 

 起きると、気怠さが身体を包み込んだ。虚無感。充実していた昨日は、もうすでに終わってしまっていた。 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、今日はどうしよう。朝食を終え支度を済ませると、今日1日何も予定がないことに気づいた。そうそう、これだよこれ。ふと、笑いがこみ上げてきた。長く旅をするときに出くわす、「今日一日予定がない」という事実に気づく瞬間。少しずつ気怠さが抜けていくような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フィレンツエの街は昨日一通り歩き回ったし、近くの町にでも行ってみようかなという気になった。宿のオーナーに聞くと、シエナという町がオススメだという。フィレンツェから電車で1時間ほどのシエナへ行ってみることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は「荷物を持って行動する」ということがあまり好きではない。いつものようにズボンのポケットにスマートフォンと財布を突っ込み、フィレンツェ中央駅へと向かう。近郊列車に乗り込むと、手ぶらでいるせいか、ここがイタリアではないような気がした。日本で、自宅の最寄駅から新宿駅へ向かっている。そんな気分である。

 

 

 

 

 

 

 

 それは私の思い込みばかりでなく、周りの人からもそう見えたようだ。シエナに着くと、日本人の団体旅行客が前から歩きてきた。すれ違う際に、少し話をした。驚いたのは、彼らの一人が私にこう尋ねたのだ。「イタリアに住んでらっしゃるんですか?」。「違いますよ」と否定はしつつも、「案外、イタリアに馴染んでるじゃないか」と、なぜだか少し嬉しくなった。

 

f:id:Ryox:20170525162940j:plain

 

 

f:id:Ryox:20170525163009j:plain

 

 

 

 

 

 

 シエナの町は、こじんまりとした観光地だった。フィレンツェと同じように、観光地にふさわしい美しい街並みがそこにはあった。だが、この街がフィレンツェと違うのは、少し脇道に逸れるとすぐに、地元住民の生活圏に迷い込んでしまうという点だった。観光客の多い道ではなく、私はあえてそのような静かな道を選んで歩き回った。

 

 

 

 

f:id:Ryox:20170525163042j:plain

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日は少し空の機嫌が悪かった。15時を回ると、黒い雲が一気に増え、ポツリポツリと雨粒が茶色い石畳に黒いシミを付ける。「そろそろフィレンツェに戻るか」。雨の中を歩き回るほどの好奇心を持ち合わせていなかった私は、シエナ駅へ戻ることにした。

 

 駅で時刻表を見ると、次のフィレンツェ行きは1時間後とのことだった。駅のスタンドでコーヒーを買い、駅前のベンチで電車の時間を待つことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨は一旦収まった。コーヒーを飲みつつ、ベンチに腰掛けてぼーっとしていると、向こうから地元の女子高生らしき4人組が歩いてくるのが見えた。授業が終わり、帰宅途中なのかもしれない。彼女らは私の後ろを、女子高生らしく元気に喋りながら通り過ぎて行った。彼女たちが通り過ぎ、「まるで日本の女子高生みたいだな」と考えていると、なぜかまた彼女たちの声が聞こえてきた。今度は先ほどまでの声とは違い、ヒソヒソ声で話している。どうしたのだろうか。その後も私の後ろを、ヒソヒソと、時に小さな笑い声をあげながら行ったり来たりしている。何か私に問題でもあるのだろうか。

 

 

 ふと、私が振り向くと、完全に私のことを見てニヤニヤしていた。何か用でもあるのだろうか。しかし、私が声をかけようとすると小走りにどこかへ行ってしまう。そして、また少しすると近寄ってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が知らんふりをして先ほどと同じようにコーヒーを飲んでぼーっとしてると、覚えのある単語が後ろから聞こえてきた。「カメハメハー!」。最初は何のことを言っているのかわからなかったが、ドラゴンボールの「カメハメ波」のことを言っているのだと気がついた。私の後ろを行ったり来たりするたびに、彼女たちは「カメハメ波ー!」と私に向かって放った。それが、日本人というものに対するただ純粋な好奇心からくるものであるなら良かったが、彼女たちの笑い方から察するに、どうもからかわれているようだった。

 

 

 

 

 私は少し気分が悪くなった。それはそうだ。からかわれていい気分になる人間なんてそうはいない。次第に彼女たちのカメハメ波もエスカレートしていき、あからさまなからかいになっていた。普段はあまり喜怒哀楽のうちの「怒」の感情を表に出さない私ではあ私ではあるが、さすがにこの時は抗議の一つでもしてやろうと思った。言い方を変えれば、これは一種の人種差別であると思ったからだ。

 

 

 だが私はこの状況の中で一つの思いに駆られたために、抗議をすることをやめてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか、自分はここでは明らかに『異』の存在であるのか…」。周りを見ていると、確かに多くのイタリア人が私んことをジロジロと見てくる。この1週間、外国にいながらも誰かと行動している時間が多かったせいか、全く気づかなかった。馴染んでいたように見えたのは、やはり全くの主観だったのだ…。

 

 

 

 

 

 

 そんな当たり前のことに気がついた。彼女たちに抗議の一つこそしなかったが、帰り際にしっかり「カメハメ波ー!!」を彼女たちに向かって打ち返しておいた。こういうことを続けているといつか酷い仕打ちを受けることになるかもしれないぞという、忠告の意を込めて。彼女たちは少し驚いた後、ケラケラと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰り。プラットホームには列車がいくつか停車していた。おそらくフィレンツェ行きかと思われる列車に乗り込み、念のため近くにいたイタリア人の男性に声をかけた。「この電車はフィレンツエ行きですか?」。すると彼は言った。「そうだ!」。まるで、地面に唾を吐きかけるように、それはそれは無愛想に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は、ショックを受けた。もちろん、外見の違いからからかわれたということ事実もショックだった。それよりもショックだったのは、ポジティブなイメージを持っていたイタリア人が、全く異なる方向でそれを覆してきたということ。そしてもう一つは、自分が経験しただけの狭い世界で、物事を判断してしまっていた自分自身…。

 

 

 

 

 

 

 もちろん、もし見た景色、出会った人がポジティブなものを私に与えてくれていたら、感じたことはきっと違っていたのだろう。ただ自分が経験した狭い世界で、物事を判断することのなんと恐ろしいことか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰かが、私が旅をするときに常に念頭に置いている「誰か」が、こう言っていたのを思い出した...。

 

 

 

 

 

 

        「わかっていることは、わからないということだけ…」。

 

 

 

 

 

 

 

「誰か」が誰であるのかは、あえて、ここでは言わない。

 

 

f:id:Ryox:20170525163444j:plain