Day1 「生き様」

 

 モロッコまでのフライトは約20時間。

 アブダビ行きの乗客は、日本人、欧米人、アラブ人、タイ人、インド人がそれぞれ同割合といったところか。途中、アブダビで降り、同じエティハド航空のモロッコ・カサブランカ行きへと乗り換える。こう書くと、すぐに着いて乗り換えたような感じがしてしまうが、アブダビまでで東京から12時間ほどだ。すでにお尻が悲鳴を上げているのは言うまでもない。フライトが少し遅れたため、すぐに次の出発ゲートへ向かわなくてはならなかった。トイレで歯でも磨こうと思っていたが、やむなく断念した。

 

 続くカサブランカ行きでは東洋人の姿はほとんど見かけず、欧米人そしてアラブ人と思われる人が8割。いよいよ日本から遠いところへ向かうのだな、という実感がじわりじわりと湧いてくる。

 

 

 

 

 

 乗客の中に、おそらく湾岸諸国からの方と思われる、たくましい髭を生やした大柄の若い男性客がいた。彼は「トーブ」と呼ばれる、全身白の中東の伝統衣装を身にまとっていた。一つ面白かったのが、彼の頭には若い人に好まれそうなオシャレなキャップが乗っかっていたことだ。ツバを後ろに向けて被り、見てくれが気になるのか何度もキャップに手をかけて微調整を繰り返している。最初はその「伝統」と「現代」の融合に少し違和感を覚えたが、そういえば日本の若い人も祭りの時など格好つけて浴衣を着ているなと思い返し、妙に納得してしまった。

 

 

 

 

 

 

 時差ボケを防ぐために機内ではしっかり睡眠をとろうと考えていたのだが、アブダビまでの12時間でぐっすり寝たせいか、すっかり目が冴えてしまっていた。仕方がないので、日本から持ってきた一冊の本を取り出し読むことにした。高倉健『旅の途中で』という本だ。

 

 

 

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 40ほどの短編で構成されるエッセイ集なのだが、その中でも特に印象に残った話があった。ハワイでベトナム料理屋を営むベトナム人店主・サムさんの話だ。高倉さんのハワイの行きつけの店のオーナーであるサムさんは、激しいベトナム戦争の後、香港の中華料理屋での修行を経てハワイで店を開いた。とても陽気な人で、その人柄ゆえか、彼の店は地元の人でも予約が取れないほどの人気店だという。彼の生き様に対し、著者の高倉さんはこう綴る。

 

 「何なんでしょうねえ。自分の祖国を捨てて、実は捨ててないのかもしれませんけど、香港でトレーニングして、ハワイでそういう商売をして、地元の人にも予約が取れないほど大勢の人に支持されて、一生懸命生きているその姿が、接する人を勇気づけるんでしょうか。サムを見てると、自分も人に接する時に、いつもなんだか暗い難しそうな顔をして、–大したこと考えてないんですけど、下向いて仏頂面してるんじゃなくて、ああいうふうに、人に何かを与えられるような毎日を生きたいなあと思うんです。何なのかうまく説明できないんですが、『もっと側にいて、この人と同じ空気を吸っていたい』と思わせる、不思議なもの」。

 

 

 

 

 

 

 そういえば。自分って人に何かを与えられているかな。「もっと側にいて、この人と同じ空気を吸っていたい」と思わせるような、そんな生き様をしているっけな。ふと省みると、全く自分自身のためにしか生きてきていないような気がして、何だか情けなくなってくる。インプットばかりで、何ら意義のあるアウトプットができていない。思えば、この旅行記を書こうと思うきっかけとなった体験であった。

 

 

 

 

 

 

 さっきのキャップの彼はどんな生き様で生きてきたのだろう。ふと彼の方を見ると、いつの間にか伝統衣装を着替え普通のTシャツ姿になり、仲間と楽しそうに盛り上がっていた。お、モロッコを楽しむ準備万端じゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな青臭いことを考えつつ、アブダビから9時間と少し。私の乗る機体はようやく、モロッコの経済都市・カサブランカの空港に到着しようとしていた。

 

 

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