Day3 「無」

 

 

 5時前。宿の外からの力強い大音量で目が覚める。イスラム教の、礼拝を呼びかける「アザーン」の声だ。そういえば宿の人が、すぐ隣にモスクがあると言っていた。それにしても大きい音だ。初日ということで新鮮な気持ちで聞くことができたが、これが毎日となると少しうんざりするかもしれない。

 

 

 

 

 

 荷造りをしながら、急ぎすぎてしまったと後悔の念に駆られた。マラケシュから砂漠までは数時間で着くものと、半ば勘違いをしていた。聞くと、バスで12時間もかかるのだという。しかも、バスは朝の1本のみ。昨日の夜に着いたマラケシュを、朝一で出なければならなかった。「街との出会いも一期一会…」。自分にそう言い聞かせながら、のそのそと長距離バスターミナルへ向け宿を出発した。

 

 

 

 

 

 

 バスは8時半発だった。バス車内には、まさに「バックパッカー」な身なりの人が半分ほど、残り半分は地元の人。バスはアトラス山脈を越え、砂漠の町・メルズーガを目指す。

 

 道中は景色は良かったが、かなりのWinding Roadで、思わず酔いかけた。途中、世界遺産の遺跡「アイト・ベン・ハッドゥ」がある近くの町で、乗っていた大半の旅行者が降りて行った。

 

 

 

 

 

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 残った乗客は私の他にモスクワから来たロシア人カップル、韓国人3人組、そして地元民。曲がりくねった道は終わり、何もない荒野をただひたすら走る。

 

 

 

 

 

 

 車内を見ていると、面白いことに気がついた。

 観光客である外国人たちは、何かを指差して驚嘆の声をあげたり、重たそうなカメラで写真を撮ったりと、窓の外の世界に興味津々といった感じだった。一方、

地元民はカーテンをぴたりと閉め、まるで外に興味を持たずに寝入っている。当たり前といえば当たり前の光景ではある。私たち外国人、特に日本、韓国、ロシアのモスクワからの旅行者にとっては、車窓の「無」の世界は珍しく、興味の対象で有った。同時に、この「無」というものが恐ろしいものでもある。まだ、バスの車内という安全な場所から見ていれば楽しいが、きっと車外に放り出されたとすると、その「無」の世界が恐ろしい場所に思えてくるのかもしれない。日常に「無」という世界を持たないゆえに。

 

 

 

 

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 20時半頃、メルズーガにようやく到着した。事前に砂漠のツアーに申し込んでおり、この後は砂漠の中のテントに移動する予定だ。ツアーの申し込みをした際、私の名前を呼ぶ案内人がバス停で待ってくれているということを聞いた。バスを降りると、小太りの2人の男が近づいてきた。これがその案内人だろうか。

 

 

 

 

 

 「どうも」「さあお客さん、タクシーに乗って。行くよ」「あのー、あなたの名前は?」「〇〇。荷物持つから貸して。はやく。」

 

 

 

 

 

 「いや、でも、名前を呼ばれるって聞いていたんだけど」。私がためらっていると、半ば強引に私を引っ張ってタクシーに乗せようとしてきた。なんだか怪しい。嫌な予感がしたというか。「ちょっと電話貸してくれ」。2人のうちの1人が持っていた携帯電話を借りて、ツアー運営元に電話をかけようと思った。すると、彼らは「いいからいいから」と電話を貸してくれようとはしなかった。「ちょっと友達に急用があるんだ」。わたしがしつこく携帯電話を要求し続けると、やれやれといった様子でやっと携帯を渡してきた。

 

 

 

 

バス停で待ってくれている案内人の方はどんな風貌ですか?2人組の方が案内人と名乗っているのですが」。ツアー元に尋ねると、「申し訳ありません。手違いで案内人が少々遅れています」。すぐに確認するからその2人にはついていかないように、との指示だった。

 

 

 

 

5分ほどすると一台の車が来て、1人の男が降りてきた。「〇〇(私の名前)さんですか。××のツアーの者です」。私の名前を呼ぶ、真の案内人が現れた。偽の案内人2人組はケラケラと笑いながら立ち去っていった。危ないところだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

砂漠の入り口まで案内人の車で向かい、入り口でラクダに乗り換えた。案内人もここで交代し、ラクダ使いに代わった。

 

 

 

 

 

1時間半ほどラクダに乗って、やっとテントに着いた。ラクダは案外、乗り心地がよかった。今日は移動で疲れた。テントに着くと、すぐに眠りについた。