Day9 「異」

 

 

 起きると、気怠さが身体を包み込んだ。虚無感。充実していた昨日は、もうすでに終わってしまっていた。 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、今日はどうしよう。朝食を終え支度を済ませると、今日1日何も予定がないことに気づいた。そうそう、これだよこれ。ふと、笑いがこみ上げてきた。長く旅をするときに出くわす、「今日一日予定がない」という事実に気づく瞬間。少しずつ気怠さが抜けていくような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フィレンツエの街は昨日一通り歩き回ったし、近くの町にでも行ってみようかなという気になった。宿のオーナーに聞くと、シエナという町がオススメだという。フィレンツェから電車で1時間ほどのシエナへ行ってみることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は「荷物を持って行動する」ということがあまり好きではない。いつものようにズボンのポケットにスマートフォンと財布を突っ込み、フィレンツェ中央駅へと向かう。近郊列車に乗り込むと、手ぶらでいるせいか、ここがイタリアではないような気がした。日本で、自宅の最寄駅から新宿駅へ向かっている。そんな気分である。

 

 

 

 

 

 

 

 それは私の思い込みばかりでなく、周りの人からもそう見えたようだ。シエナに着くと、日本人の団体旅行客が前から歩きてきた。すれ違う際に、少し話をした。驚いたのは、彼らの一人が私にこう尋ねたのだ。「イタリアに住んでらっしゃるんですか?」。「違いますよ」と否定はしつつも、「案外、イタリアに馴染んでるじゃないか」と、なぜだか少し嬉しくなった。

 

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 シエナの町は、こじんまりとした観光地だった。フィレンツェと同じように、観光地にふさわしい美しい街並みがそこにはあった。だが、この街がフィレンツェと違うのは、少し脇道に逸れるとすぐに、地元住民の生活圏に迷い込んでしまうという点だった。観光客の多い道ではなく、私はあえてそのような静かな道を選んで歩き回った。

 

 

 

 

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この日は少し空の機嫌が悪かった。15時を回ると、黒い雲が一気に増え、ポツリポツリと雨粒が茶色い石畳に黒いシミを付ける。「そろそろフィレンツェに戻るか」。雨の中を歩き回るほどの好奇心を持ち合わせていなかった私は、シエナ駅へ戻ることにした。

 

 駅で時刻表を見ると、次のフィレンツェ行きは1時間後とのことだった。駅のスタンドでコーヒーを買い、駅前のベンチで電車の時間を待つことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨は一旦収まった。コーヒーを飲みつつ、ベンチに腰掛けてぼーっとしていると、向こうから地元の女子高生らしき4人組が歩いてくるのが見えた。授業が終わり、帰宅途中なのかもしれない。彼女らは私の後ろを、女子高生らしく元気に喋りながら通り過ぎて行った。彼女たちが通り過ぎ、「まるで日本の女子高生みたいだな」と考えていると、なぜかまた彼女たちの声が聞こえてきた。今度は先ほどまでの声とは違い、ヒソヒソ声で話している。どうしたのだろうか。その後も私の後ろを、ヒソヒソと、時に小さな笑い声をあげながら行ったり来たりしている。何か私に問題でもあるのだろうか。

 

 

 ふと、私が振り向くと、完全に私のことを見てニヤニヤしていた。何か用でもあるのだろうか。しかし、私が声をかけようとすると小走りにどこかへ行ってしまう。そして、また少しすると近寄ってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が知らんふりをして先ほどと同じようにコーヒーを飲んでぼーっとしてると、覚えのある単語が後ろから聞こえてきた。「カメハメハー!」。最初は何のことを言っているのかわからなかったが、ドラゴンボールの「カメハメ波」のことを言っているのだと気がついた。私の後ろを行ったり来たりするたびに、彼女たちは「カメハメ波ー!」と私に向かって放った。それが、日本人というものに対するただ純粋な好奇心からくるものであるなら良かったが、彼女たちの笑い方から察するに、どうもからかわれているようだった。

 

 

 

 

 私は少し気分が悪くなった。それはそうだ。からかわれていい気分になる人間なんてそうはいない。次第に彼女たちのカメハメ波もエスカレートしていき、あからさまなからかいになっていた。普段はあまり喜怒哀楽のうちの「怒」の感情を表に出さない私ではあ私ではあるが、さすがにこの時は抗議の一つでもしてやろうと思った。言い方を変えれば、これは一種の人種差別であると思ったからだ。

 

 

 だが私はこの状況の中で一つの思いに駆られたために、抗議をすることをやめてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか、自分はここでは明らかに『異』の存在であるのか…」。周りを見ていると、確かに多くのイタリア人が私んことをジロジロと見てくる。この1週間、外国にいながらも誰かと行動している時間が多かったせいか、全く気づかなかった。馴染んでいたように見えたのは、やはり全くの主観だったのだ…。

 

 

 

 

 

 

 そんな当たり前のことに気がついた。彼女たちに抗議の一つこそしなかったが、帰り際にしっかり「カメハメ波ー!!」を彼女たちに向かって打ち返しておいた。こういうことを続けているといつか酷い仕打ちを受けることになるかもしれないぞという、忠告の意を込めて。彼女たちは少し驚いた後、ケラケラと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰り。プラットホームには列車がいくつか停車していた。おそらくフィレンツェ行きかと思われる列車に乗り込み、念のため近くにいたイタリア人の男性に声をかけた。「この電車はフィレンツエ行きですか?」。すると彼は言った。「そうだ!」。まるで、地面に唾を吐きかけるように、それはそれは無愛想に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は、ショックを受けた。もちろん、外見の違いからからかわれたということ事実もショックだった。それよりもショックだったのは、ポジティブなイメージを持っていたイタリア人が、全く異なる方向でそれを覆してきたということ。そしてもう一つは、自分が経験しただけの狭い世界で、物事を判断してしまっていた自分自身…。

 

 

 

 

 

 

 もちろん、もし見た景色、出会った人がポジティブなものを私に与えてくれていたら、感じたことはきっと違っていたのだろう。ただ自分が経験した狭い世界で、物事を判断することのなんと恐ろしいことか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰かが、私が旅をするときに常に念頭に置いている「誰か」が、こう言っていたのを思い出した...。

 

 

 

 

 

 

        「わかっていることは、わからないということだけ…」。

 

 

 

 

 

 

 

「誰か」が誰であるのかは、あえて、ここでは言わない。

 

 

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