Day12-② 「Grazie Italia」

 

 

 目を覚まして時計をみると、17時になろうかというところだった。フィレンツェから約2時間。ちょうど半分のところまで来たことになる。

 

 

 

 

 車窓をみると、”Perugia”と書かれた看板が増えてきた。ペルージャという街は、フィレンツェアンコーナの中間地点に位置する。遅れを取り戻すべくバスを飛ばして走らせてくれていることをどこか期待していたが、まったくそんなことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつてサッカー選手の中田英寿が所属していたサッカーチームの本拠地・ペルージャでは、乗客の乗り降りがあった。バスターミナルに着くと、乗客の約半分が降り、その穴を埋めるようにまた人が乗ってきた。同時に、どうやらバスの運転手も交代のようだった。これまで運転していたのは、いかにも気弱そうな、色白の中年運転手だった。きっと彼は慎重に運転して、バスの遅れを招いてしまったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 さて、次の運転手である。バスに新たに乗り込んできた運転手を一目見て、私は「これはいけるかもしれない」と思った。若い頃はよほどやんちゃをしていたのだろうと想像のつく、色黒で、スキンヘッドにサングラスという風貌の運転手だったのだ。彼ならやってくれるはずだ。勢いよくエンジンをかけたそのグラサンスキンヘッドに向かって、「頼むぞ!」と小さくエールを送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このグラサンスキンヘッドは、まったく期待通りの活躍をしてくれた。明らかに先ほどまでとはバスの速度が違う。横を走る乗用車を、ものすごい勢いで追い抜いていく。

 

 

 

だがここで思いがけないことが起きた。彼の活躍もむなしく、途中渋滞にはまってしまったのだ。ようやくアンコーナ市内に入ったのは18:50を過ぎた頃だった。これはもう無理かもしれない。半ば諦めの気持ちが増してきた頃、バスは停車した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どちらにせよ、フェリーのターミナルに向かねば。まずはタクシーを拾わねばならなかった。だが、小さな町のせいかバスターミナルなんていう立派なものはなく、道端に放り出されるような形でバスを降りたのだった。もちろん、運良くタクシーなどはいない。

 

 

 

 

 

同じバスに乗っていて同じくアンコーナで降りた人がいた。フェリーターミナルの位置を尋ねてみたが、「私はこの土地の人じゃないからわからないわ」とのそっけない返答だった。この間にも、時間は刻一刻と経過する。19時を越えた。

 

 

 

 

近くに乗用車が停まっていた。中には地元の人らしきおじいさんが乗っていた。「フェリーターミナルはどの方向ですか?」と尋ねると、キョトンとした顔である。英語が通じないようだ。懸命にジャスチャーで伝えると、左手後方の道を指差した。「遠いですか?」とジェスチャーで尋ねると、「歩いていける!」というような仕草をするではないか。異常にニコニコしたおじいさんでいささか怪しくないことはなかったが、この際、彼の言葉を信じるしかなかった。私は意を決した。10kg5kgの荷物をしっかりと担ぎ直し、走り始めた。19:05。

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、20秒も走ったところで、私は驚いてしまった。私の視線の、景色の移り変わりがかなり遅い。私の足が相当遅かったのだ。かなり久しぶりに全力で走った。体力が落ちていたのだ。ずっとサッカーをしてきた者としては、本当に情けなかった。今の状況と相まって、私は泣きたくなってきた。

 

幹線道路沿いを、どのくらい走ったか。思い出せないほどに息が苦しかった。私の横を軽やかにイタリア車・フィアットが走り去っていく。

 

 

そして、ついに見えたのだ。”Ferry Ticket”と書かれた建物が。時刻は19:20になろうかというところだった、完全に時間切れだった...。

 

 

 

 

 

 

 

 

 肺の苦しさからかなり咳き込みながら建物内に入っていった。見るとまだチケットブースにスタッフの姿が見えた。もう、賭けるしかない。

 

 

 

 

 

 

20時発のフェリーの予約を持っているのですが。どうにか間に合いませんでしょうか」。声をかけたのは金髪の中年女性だった。彼女の反応を待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すると、彼女はにこりと笑ってこう言ったのだ…。

「落ち着きなさいよまったく。フェリー乗り場行きの最終シャトルバスの出発まであと3分もあるわよ。ほほほほ~」。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まるでスローモーションのように、膝から崩れ落ちた。

ほっとしたせいか、目の前がクラクラしてきた。残り3分…。あのペルージャからの後半戦で、グラサンスキンヘッドがバスを飛ばしていなかったら。アンコーナに到着後、少しでも走りの速度を落としていたら。そう思うと、鳥肌が全身を伝った。

 

 

 

 

 

 

 

 

チケットを引き換えると、フェリーポート行きの最終シャトルバスはすぐに到着した、咳き込みながら、フラフラとした足取りでバスに乗り込んだ。

 

バスは5分も走ると、巨大な船が停泊する横に到着した。ここからパスポートチェックをして乗船する。パスポートチェックの列には相当の人がいた。

 

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 待ってはいるが、出航予定時刻の10分前になっても列が全く終わる気配はしなかった。並んでいる場所が間違ってはいないか少し心配になり、前に並んでいたイタリア人らしき老婦人2人組に話しかけた。「この列は20時発のフェリーの列で間違いないですか?」「ええ、私たちもそのフェリーに乗るつもりよ」聞くと、彼女たちはイタリア人ではなく、ニュージーランドオークランドから観光客だった。「イタリアではパスタはちゃんと食べた?」「これからどこへ行くの?」。

簡単な会話しかしていないが、半ばイタリア人に奔走され疲れていた私には、確かな癒しとなった。

 

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出航。私は荷物を置くと、すぐに甲板に出た。文字通り「走り抜けた」アンコーナの街が、少しずつ遠ざかっていく。また、いつかゆっくりと、来よう。心の中でそう誓った。イタリア人の適当さに苦しめられイタリア人の適当さに助けられた1日が、いよいよ終わる。最後の最後に、イタリアを味わいつくした1日が...。

 

 

 

 

 

 

夕日に照らされたアンコーナの街は、やけに輝いて見えた。

 

 

 

 

"Grazie Italia!"

 

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